M=MIYAVI
P=ピート・ドナルドソン
P: 初めまして!(日本語で) 時差ボケはどうですか?
M:楽しんでますよ。
P:楽しんでる!時差ボケを楽しんでる!
M:はい、楽しんでます。
P:働くゾンビ!?
M:えぇ、LAに移住したので、数日前にLAからこっちに来たんです。ツアーも始まりますし、とても楽しみにしてます。
P:今回の滞在はファッションウィークと重なりましたね。
M:えぇ、大好きですよ。何日か前にベルサーチのショーにも行きました。素晴らしかったです。緊張感のあるコレクションで、ドナテッラ(ベルサーチ)もいましたし、たくさんの人がいました。ファッションも本当に大好きです。
P:周りがみんな素敵な洋服を着ているところから、
M:いいえ、子供達は学校があるので。
P:あぁ、学校のことを忘れてました。(笑)
M:子供達はLAで学校に通っているので、妻はLAに戻りました。なので今は。。。
P:一人ですね!たった一人!あなたのギタースタイルはとても「
M:ありがとうございます。他とは違う、独特なスタイルを見つけたかったんです。僕は日本人であり、アジア人。そして、ロック、ファンク、ダンス、ブルース、新しいカルチャーをやっていて、たくさんの素晴らしいアーティストたちからたくさんの影響を受けました。でも、それと同時に、何か新しいものを作り出さなければいけないという責任感も感じていて、そこで、ギターをスラップし始めたんです。
P:あなたのスタイルは、実に。。
M:痛いですよ!
P:(笑)
M:でも、ショーの間は、とても興奮しているし、集中しているので、特に何も感じないんです。でも時々弦が血だらけの時もありますよ。(笑)
P:しゃれてますね。(笑)
M:でも、それはすべてパッション、情熱です。そして感情ですから。
P:そして、少し元に戻って、テレキャスターを弾き始め、
M:はい。
P:このアルバムではどうしてそうしようと思ったんですか?
M:まだ試している途中なんです。まだチャレンジしている途中。何かを生み出すのには時間がかかります。リスクもありますし。ずっと昔からサポートしてくれているファンたちもいて、彼らをがっかりさせたくないし、でも同時に、何か新しいものを生み出さなければならない責任もある。そして、みんなと「Excitement(刺激的でわくわくする気持ち)を共有したい。「Excitement」は、希望をもたらしてくれます。ギタリストとして、今回はテリー(テレキャスター)でプレイしましたが、それは「すごく大きなこと」です。ロックのトラックを演奏するのにテリーを使う人はいます。でも、何と言えばいいか、僕としては、そういう種類の楽器で演奏するのは、どちらかというと「避けて」きたんです。テレキャスター、ストラストキャスター(?)、ギブソン、レスポール。。。でも最近になって、自分自身のコア(軸)となる考えやスタイル、メッセージ、そして自分自身を持っていれば、何を演奏するか、どんなスタイルで演奏するかは関係ないんじゃないかと思い始めたんです。ナッシュビルでは、スティールギターを演奏するロバートランドルフとジャムセッションをしたんですが、彼は本当に素晴らしい。スタジオにやってきて、適当なアンプに繋いだだけなのに、彼がスタジオで作り上げた音は強烈でした。この何年か、ドラマー、DJ、など色々な楽器と一緒にやってきたんですが、もっと切れ味の良さ、鋭さが欲しかった。それでテレキャスターを選んだんです。
P:今まで、いつもあなたとドラマーの二人でやっていますよね?
M:はい。
P:珍しいことではないですが、
M:えぇ。
P:音を膨らませなければならないでしょう?
M:(二人だと)より自由ですし、お金もかからない。ベースのアンプにもギターのアンプにも繋げられる。それが僕には普通なんです。ドラマーのBOBOは素晴らしい。新しいことなんですよね。周りの人たちが経験していないこと、それがクリエイターとして、ミュージシャンとして、そしてアーティストとして、僕には重要なんです。
P:LAはどうですか?
M:気候がいい。
P:そうですね、LAはいつも天気がいいですよね。
M:子供達もLAが大好きです。いい学校もありますし、いい隣人たちにも恵まれています。LAに移住したのには2つ理由があって、1つは教育。自分自身、英語で苦労しました。まだ苦労していますけど。子供達には同じ苦労を味わってほしくなかったんです。もう1つの理由は、ロック、ファンク、ジャズ、音楽を文化として、歴史を作ったプロデューサーやミュージシャンたちと一緒に仕事ができる「機会」です。今回、ミッションインポッシブルのアレンジメントをしました。LAで、パラマウントピクチャーズの人たちと会ってオファーをもらったんですが、オファーをもらった時点で、ミッションインポッシブルのような象徴的なテーマと、モダンビートをミックスさせるというアイデアが浮かんでいました。5-8のリズムを6-8にして、ダウンビート入れた。オーケストラを入れたのも初めてでした。僕の友人でもあるIncubusのギタリスト、マイク・アインジガーと彼のフィアンセ、アン・マリーと一緒に、オーケストレーションを入れました。4、5日連続でプログラミングをやりました。時間はかかりましたが、とても刺激的でした。ハンス・ジマーのスタジオでレコーディングしたんです。
P:それはすごいですね。
M:えぇ。
P:Filmic(映画のよう)でしょうね。
M:廊下にはたくさんのポスターが飾ってあって。。
P:彼が手がけた作品ですね。
M:そうなんです。ライオンキングやミッションインポッシブル2もありました。東京のプレミアで初めてトムに会ったとき、
P:プレミアでテーマ曲を演奏したんですよね。
M:はい。トムも、ミッションインポッシブル2でハンス・ジマーと一緒に仕事をした時、1か月も2か月もスタジオに籠ったそうです。そういう機会があるというのは、とてもスペシャルですし、日本ではそういうことは経験できなかった。それがLAに移住した理由の1つでもあり、とてもエキサイティングなことですね。
P:偉大なロックスターから、今度は演技の世界へ行きましたね。
M:正直、最後のシーンは。。。怖かったです。それまではほとんど気づかなかった。
P:ワタナベも怖かったでしょうね。(?)
M:えぇ、もちろん。でも、この役をやることはとても意味のあることで、僕にとっては重要なミッションだったんです。最初にこのプロジェクトについて話を聞いた時、戸惑いました。日本人として、とてもリスクのあることに思えたからです。もしかしたら、自分のキャリアをつぶしてしまうかもしれない。でも、初めて東京でアンジーに会って、彼女に、「この映画は戦争の話でも、日本とアメリカが争っていた話でもない。ただ人間について、人間がどれだけ強くなれるのかを描いた映画なんだ。」と聞かされ、ルイス・ザンペリーニの人生を通して、平和に対するメッセージや姿勢を感じることができました。そしてそれは次の世代へも受け継いでいかなければならないことだと感じました。ルイス・ザンペリーニが、長野オリンピックで、現地の子供達と走っているのを見たんですが、皆が笑っていました。それがすべて、そう感じました。それで、役を引き受けることができました。セットでは、他の共演者からは距離を置きました。とても張りつめた状況でしたね。でも本当に価値のあることでした。そしてとても大きな責任のあることでした。
P:今後また何かの役をする予定はあるんですか?
M:色々なディレクターやキャスティングディレクターとも会ったりもしています。でも僕はいわゆる「プロの役者」ではありません。役にもよりますし、ストーリーやそのストーリーの持つ意味にもよります。でも、もっとやってみたいという気持ちはありますね。
P:プロの役者としてもとても良い印象を持ちましたよ。(?)
M:あぁ!そうです!見ました。
P:最後の最後で勝ったんです。
M:まだ聞かれてないですね。
P:私が初めてですか?
M:はい!
P:そうなんですか!
M:(笑)
P:でもあなたは元々サッカーの人ですよね?元は大阪の。。。(
M:はい。
P:それでサッカーを辞めて音楽を始めることになった。
M:えぇ。
P:サッカー選手になりたかったですか?
M:もし怪我のトラブルがなかったらですか?
P:はい。
M:どうでしょうね。今も楽しんでますからね。
P:ロックスターと映画スター
M:えぇ(笑)
P:サッカーもいい第2の選択肢ですよね?
M:そうですね(笑)
P:9月27日、Shephers' Bush EmpireでMIYAVIのライブがあります。皆さん、
M:ありがとうございました。
<NOTE>
THANK YOU VERY MUCH COMYV MIKI !
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